ハネスク事件の真相: ジプシー ゴー ホーム?

ウィンブルドンで6月25日に起こったヴィクトル・ハネスクの唾吐き事件は多くの問題を提議しました。前号で事件の詳細を説明しましたが、これは4人(イギリス人3人とアイルランド人の20−30才の男性)のフーリガンが関連した事件だということが判明しました。彼らはサッカーの観戦のごとく酔っぱらってハネスクをやじり、彼のプレーを人為的に妨害したのです。

それにしても、どうしてこのような行いを審判や警備員がコントロールできなかったのか?

全米オープンでは、会場にこのような妨害が入ると、直ちにセキュリティーがやってきて退場となります。多分今までこのようなグループがウィンブルドンにやってくることがなかったので、どうしてよいのか戸惑ったのではないかと思います。

ヴィクトル・ハネスクはルーマニアの市民大使として国民から尊敬されている選手です。知的で物腰のやわらかい彼から、唾を吐いたり、観客にFxxkの言葉で罵倒するハネスクはとても想像できません。彼をそこまで追いやった原因は何だったのか? 真相を知りたくて二日間がかりでリサーチしてみました。

なぜハネスクを一方的に攻撃したのか? そしてハネスクを爆発させるような暴言とは何だったのか?

一通りの英字新聞(アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリアなど)に目を通しましたが、具体的に何を言ったのかは書かれていません。

そこでルーマニアの新聞をいろいろ探して、グーグル翻訳を使って読んでみましたが、ここでも見当たりませんでした。

ルーマニアのあるブログは、ハネスクへの処分があまりにも厳しいので、激しくウィンブルドンとイギリスを批判するものもありましたが、全体的にみて、かなり冷静な反応をしていました。

記事によせられたルーマニア人たちのコメントも「ハネスクのとった態度は許されるべきではないが、審判もこのような事態を招く前に彼らを退場させるべきだった。」とバランスのとれた意見が多かったように思います。(実際彼らは一度は退場させられ、入り直して今度は立ち見席に移ったという情報もあります。)

ルーマニアではハネスクのことを「我らの大使」と表現し、彼に対する尊敬の念は深く、国民から深く愛されています。その彼に唾を吐かせるようなことをさせた行為はかなり深刻なものであったはず。

ハネスクに浴びせられた言葉がもし人種差別の言葉であったとしたら・・・・?

サッカーではいろんな人種差別用語を使って相手チームを罵倒することがあります。黒人に対してはダーティ・モンキー、アジア人に対してはイエローモンキー。ドイツ人にはナチなど、数えればきりがありません。http://en.wikipedia.org/wiki/Racism_in_association_football

Tennis warehouse やmens tennis forumのテニス通のブログでは、ジプシーという言葉が投げられたというコメントがいくつかありました。彼らのコメントによると「ジプシー、ゴーホーム」が繰り返し浴びせられたとか。

ハネスクのWikipediaにはすでに「ジプシーと呼ばれたと云々」と書かれています。

もしハネスクが「ジプシー」と呼ばれて野次られたのだとしたら・・・これは由々しき問題です。

今でこそ、シャキーラとナダルのジプシーのビデオで、ジプシーがクールに受け取られていますが(シャキーラはコロンビア人ですから、ジプシーと縁がないので美化していますが)、ジプシーに対してヨーロッパ人が抱くイメージは最下層の人種といったイメージがあります。

「ジプシーみたいに部屋を散らかさないで!」今はどうかしりませんが、スイスでは一昔前の母親たちは子供にしつけるときは、ジプシーの名を使っていたそうです。

転々と移動して定職はなくスラムに住む不潔な人種。こそ泥。スリの名人・・・ジプシーはこのようなイメージが強いだけでなく、現実に子供のスリは有名で、ヨーロッパの主な観光地では彼らの犯罪が頻発して問題が深刻化しています。

私もジプシーの犠牲者です。数年前ベニスで彼らにカミソリでハンドバッグをばっさり切られ、パスポートおよび全財産を盗まれて、死ぬほど大変な目にあったことがあります。バッグを腕でしっかりと抱えていたのにもかかわらず、まったく気がつかない彼らの手口は芸術的とも言え、何年もの修行の跡がみえる完璧な切り方でした。

ベニス警察では「これはジプシーですね」の一言で片付けられてしまい、調査もなく泣き寝入りとなってしまいました。

ルーマニアには多くのジプシー村があります。ルーマニアからヨーロッパ中に放浪するジプシーの多くが、このように底辺社会に住む者が多く、大きな社会問題になっているのが現状です。

このビデオはブカレスト(ルーマニアの首都)のジプシーです。

今年4月にイギリスを震撼させる事件が起こりました。ルーマニアの7才から15才の165人の子供たちが、手足を折られて不自由な体にされた状態で、イギリスで発見されたのです。つまり手足を不自由にさせて逃げられないようにし、同情を買う乞食として働かせるために、ルーマニアから送られてきた子供たちです。ドラッグだけでなく、Human traffickingとして知られるルーマニアのジプシーマフィアの仕業だったのです。

ハネスクはジプシーではありませんが、ルーマニア人がジプシーと呼ばれて、侮蔑される社会背景があることを忘れてはいけないと思います。

ハネスクは直ちにウィンブルドンに謝罪をしました。

「侮辱されたので5セット目で自制心を失ってしまいました。申し訳なかったと思いますが、私も生の人間なのです。」

イギリスのローンテニス協会は、ハネスクを1万5千ドルの罰金を課し、彼を悪者にすることでこの問題を解決してはならないと思います。もちろん彼のとった態度はゆるされるべきではありませんが、根強く残る人種の対立、差別には、誇り高いウィンブルドンの名にかけて、敢然と闘う姿勢を示してほしいと思います。

(注)ジプシーゴーホームと言われたかどうか、まだ真実はあきらかにされていません。今はまだあくまでも「噂」の段階です。この記事の目的は、ジプシーの社会問題、ジプシーとルーマニアの関係について紹介することにありますので、真相はしばらくお待ちください。

9 Comments

  1. 誠実なお答えありがとうございました。

    他のテニスブログではこのようなシリアスかつめんどくさい(笑)話題をコメントするようなことはもちろんなく、なんというか政治問題や差別問題にも主張あるジャーナリストとしての質があると感じてしまい、ついつい過去の記事をあさって書いてしまいました。

    まずブログなので、すべてを論文のような厳密さや乾坤一擲の自分のすべてをかけた文章で書けという方が無理があるし、複雑な問題はテニスのことを書くときにはそれを指摘するだけで、それについて詳述してたら記事自体がアンバランスになり読みがたいものになるので避けるというのも当然だと思います。

    そこでこちらも何もかも厳密に書けなんて圧力はかけず(笑)、ちょっと気になった部分については伝えられたし誠実なお返事もいただけたので、ぜひマイペースに気楽に続けられていかれることを願っております。楽しんで、できるところはサポートしつつまた読んでいかせてもらえたらありがたいです。

  2. vooさん
    これだけのコメントを書くには相当な時間、エネルギーを要したであろうと思うと、その熱情に対してまず深く感謝したいと思います。

    ミルカの体型に対しては、たしかにいいすぎたところがありました。これは英語圏のコメントを読んでいると、彼女の体型に対してのバッシングが多いものですから、少し減量すればこんなに言われなくてもすむのに、という思いがあります。彼女は美しく献身的でフェデラーにとってかけがえのない女性なのですから、バッシングされるのは残念なのです。

    しかしこう書くと、太っている人がすべて悪いということに取りかねませんね。私のいいたいのは、ミルカは普通の人でないこと。絶えず写真にとられTVに映り、世界の目が彼女に集まっている特殊なケースだということ。彼女を知らない人たちはまずみかけで判断します。そうすると必ず「ああ、あの太った・・・」という形容詞がついてまわるのです。

    このように書くとまた太った人に対する偏見だと言われますね。こうなると何も書けなくなってきます。

    政治問題や人種差別の問題に関してもしかり。このブログの主旨ではありませんので、私の見解を深く述べるつもりは今後もありません。

    今回のジプシーの問題では、「ジプシー」といわれることにどんな偏見があるのか、簡単に社会背景を書くことだけにとどめ、私の見解はわざと避けました。

    私のジプシーに対する見解を書くと、問題が人種差別問題にいってしまう恐れがあり、今まで経験からコメントの収集がつかないことがありましたので。そのことで賛否両論になり、私の意図するところからどんどん離れてしまって、ものすごく疲れてしまうのです。ブログをやめたくなったことが何度もありました。

    今の私のブログのゴールはまず続けるということにあります。これは思っている以上に大変なことなのです。未来に明確な計画のないブログづくりは、危ない橋をわたっているようなもの。苦痛になれば止めてしまうでしょうし・・・岐路に立っていることは確かです。

  3. ちょっとこのブログ以前のブログも含めてを読んでいて気になるtennisnakamaさんのよく使うロジックについて意見を述べます。どこに書いていいのか迷い、場違いな記事かもしれませんが、今回の記事にも無関係ではないと思い書きます。違和感を感じるロジックとは端的に「メディアや一般イメージで~と思われている・望まれているのだから・・・しなければならない」という言い回しです。

    ・フェデラーはスターでまわりのもっているクリーンなイメージ(!?なにがクリーンでない在り方なのか)にふさわしく、結婚するべきだ。
    ・ミルカはフェデラーの妻としてビジネスに大きく関わるイメージに悪影響だからやせるべきだ
    ・ジョコビッチはセルビアの英雄なのだから、自国の事件に対して望まれる発言をすべきだ
    ・ゲイであることをカミングアウトするもしないも自由だとは理想で、現実はそんなに甘くない。

    さて、これらの発言は結婚するしないの自由、自分の体型がどうであるか自分で決める自由、どういう人をパートナーに選ぶかの自由、自分の意見を周囲に望まれたように言わずともよく、沈黙することもできる自由、マイノリティであることを明らかにする自由をtennisnakamaさんが”否定しているわけではなく”、しかし、多くの人やメディアにはこういうイメージをもたれるからそれに配慮しなければならない、といっているのだと私は理解しています。

    いうまでもなく上記の自由は人間として基本的な権利であり、立場や名声に関係なく、人としての尊厳が守られるために高いプライオリティで守られ、尊重されるべき自由です。これを共同体の都合や、その人自身のクオリティ・オブ・ライフには無責任なメディアの都合にあわせて、事実上従うべきだという論者がいたとすれば、その人は少なくともリベラルではない。リベラルで知性と倫理のある人はそのような圧力には自分の責任における言論に必ずNOというでしょう。

    そこでtennisnakamaさんはどうか。はっきりいってtennisnakamaさんの記事を読んでいると「その圧力に従うべきだ」と普通に読めば言ってるようにしか見えません。そう明言されていなくても、ゲイはイメージ的にマスには不利になるのだからカミングアウトなど簡単にできない、それが現実だ、と言う。そこまではいい。しかしそれに対して自分の責任における発言においてそのようなゲイへの偏見に満ちたマスに対して私は反対し、カミングアウトの行為が不利になったり必要以上の注目を浴びることについて、自由や人の尊厳を守るために反対するというような言明がtennisnakamaさんの文章にはまるでない。

    私にはどう読んでも結婚についてや体型についてや、国や共同体に都合がいいように自由意志に関係なくこちらに都合のよい発言をすべしという圧力に対して、自由を守るという言明を出すのはそれこそ、その人がリベラルで知的で倫理をもつひとならば、必ずしていることだと考えるので、それをせず、結婚しろ、やせろ、発言しろ、ゲイであることを表明することに対する現実は甘くない、とはっきり書き、それらの圧力や偏見をもたらしている集団に対する自分自身の反対表明がないことにショックを受けました。有名人には基本的な自由のいくつかは守られなくてもよいとtennisnakamaさんは考えておられると判断するしかありません。得られるお金が減ろうが、偏見をもつ人々から白い目で見られようが、インテリジェンスを持つ人々はむしろそういう自由を選択した名声ある人を称揚し守っていくべきではないでしょうか。

    このロジックの危険なところは例えば「有色人種がジプシーがこの国の多くの人から汚い、いてほしくないと思われているのだから、その保護を削減し、退去をうながす効果のある法に簡単に反対できない」という風にいいかえれば一目瞭然でしょう。ゲイや体型や結婚、あるいは国に奉仕する理想像たれという圧力も十分そういうものなはずですが。tennisnakamaさんが本質的に差別者だとは(体型差別を除いて)思いません。しかしtennisnakamaさんの用いているロジックは差別者が、自分のアリバイを確保しながらなお差別するときによく使われるロジックであることも確かです。つまりその言説の機能としては同一です。

    この記事において言えば、ジプシーの全てが悪いイメージのような行動をとるわけではなく、またジプシーが悪しき行動をとる前提となる貧しさにとどまる背景への目配りを忘れてはならない、そして何よりルーマニア人だからといってジプシーと蔑称としてつかって貶めるなど、どんなにそれの根拠となる犯罪があったとしても一理もなく論外だという言明があってもよかったのではないか思います。

    このロジックは危うく、それのもつ危険性をtennisnakamaさんは放置はしないだろうと勝手に信じて長々意見を書きました。一考願えれば幸いです。

  4. yoimachidukiさん、こんにちは。
    >ジプシーと言われて怒ることもある意味立派な差別ではないでしょうか

    についてですが、ハネスクは元々穏やかな性格で国民からも尊敬されてきた人と聞きますので、自分がジプシーと言われたことに怒ったのではなく(自分をジプシーと一緒にするなということではなく)、ルーマニアの歴史的背景や民族・文化などをジプシーという(蔑視)言葉を使って公の場で執拗に侮辱されたことに怒ったんだと思いますよ。

    今回のWBには、色々な問題点が出てきましたので、主催者側は改革、改善に取り組む勇気を持って欲しいと思いました。
    WBの改革は必ず全仏全豪全米OPに影響を与えてくれるでしょうから。
    それに取り組まなければ、今回のサッカーWCで問題が続出してしまったのと同じように(2月にゴール機械判定改革案を見送ったFIFAのように)全てがあとの祭りになってしまうと思います。
    被害を被るのはいつも選手たちです。テニス(サッカー)に人生を掛けている選手にです。

  5. 記事拝見しました。
    私は大学の卒業旅行でヨーロッパを仲のよい友人たち
    と旅したのですが、チェコでアトピー持ちの友人が一人で
    観光用のチケットを買おうとしたら、「しっし!」と手で追い払われた
    ことがあります。
    そのときはわかりませんでしたが、彼女はアトピーがひどく、
    日本人にしては肌がくすんでおり、ジプシーと間違えられたらしいことがわかりました。
    明らかに日本人な私たちが買いにいったら
    とても快く売ってくれました。
    ヨーロッパにおけるジプシー差別の歴史を垣間見た思いでした。
    スペインではジプシー文化は観光産業になっており、差別も残っているでしょうが、ジプシーの誇りがあると思います。
    nakamaさんのお好きなフラメンコもジプシーが深く関わっています。
    ジプシーゴーホームと言うほうも言うほうですが、
    ジプシーと言われて怒ることもある意味立派な差別ではないでしょうか。

  6. ハネスクの名誉のためにも真実に迫ろうするtennisnakamaさん、本当に感謝します。私にはコメントできる十分な情報や知識はありませんが、一方的にハネスクを断罪することだけで解決してはいけない事件であることは想像できます。その後の情報や展開がありましたらまた記事にして頂けると助かります。

  7. ほんとうに、ありがとうございます。
    調べようとしたのですが、わたしは、完全にお手上げ状態でした。
    ハネスクは今年の全豪、IWで連続してフェデラーと対戦したので、毅然とした礼節ある選手、という印象が記憶に新しく、理由なくそんな行為はしないはずと、思っていました。
    貼ってくださったユチュ、去り際、主審に握手を求めながらも、パニック状態なのか、応じようとしないのに苛立ち、手を引っ込める様、対戦相手にすまない、という表情を見せる姿に、胸が痛みました。

    英王子にも軽く軍隊式の敬礼をして見せていたハネスク。
    正義感が強いだけに、人種差別的な発言が許せず、ついに耐え切れなくなってしまった心境を思うと、辛いです。

    メンタルが非常に重要なテニスでは、選手にこんな不当な負荷を与える行為は厳重に取り締まられるべきだと思います。(即刻退席させるべきですよね)
    今回、ヒューイット戦では、去年で懲りたのか、盛り上がろうとするオージーの後ろに警護が立って、大きな歓声を上げるたびに注意していたようなのですが、それより遥かに悪質な行為に手が回っていなかったのは残念です。
    この辛い事件をきっかけに、来年からは体制が変わるのでは、と思いますが、WCでのドイツーイングランドの誤審のあとだけに、今日の18コート、ベルディヒーブランズ(ドイツ)戦で、フーリガンが押しかけて来ないことを祈ります。

  8. tennisnakamaさん、こんにちは

    私は事件について、知りませんでしたので、驚いています。
    しかも、No.18コートで起きたことだなんて。

    格式の高いウィンブルドンで起こることとは思えないです。世界中が注目する最高の舞台で、自分が起こしたことについて、さぞかし、ハネスクは辛いでしょうね。と、どうしても選手のことを考えてしまいます。
    一番優先すべきは、プレイしている選手と考えれば、文化や宗教、人種の違う人たちが観客にいるわけですから、危険な行動サインは、早めに対処すべきですよね。。。

  9. tennisnakamaさん、丁寧なリサーチの結果ありがとうございます。

    おっしゃるとおり、ローンテニス協会は協会の名誉にかけて詳細を明らかにする必要がありますね、「スポーツマンシップに反した」だけで解決してはいけないと思います。

    日本で生まれて育った私には人種の対立・差別に対しての受け止め方や認識が不十分だとつくづく考えさせられた事件です。

Comments are closed.