新鮮!男子ショーツでシュールズが女子ダブルス優勝

April 13, 2015 WTA:

WTA(女子)のトーナメントはあまり興味がないので、時々しか観ないのですが、先週のポーランドのKatowiceカトヴィチェの大会で、ダブルス優勝の21歳のデミ・シュールズがとても印象に残りました。男子のショーツを履き、メンズヘアカット、しかも骨っぽい体型はどこから見ても男性。ゲイであることを隠さず、堂々と男らしい彼女は新時代を象徴しているようで、とても新鮮でした。そこで今日はテニスのゲイ選手たちについて語ってみたいと思います。

[private]

デミ・シュールズ(オランダ人21歳)

ダブルスではすでにジュニア時代から才能を発揮して、2011年は全豪オープンと全米オープンのジュニアで優勝。ウィンブルドンと全仏オープンは準決勝という輝かしい記録を持つ選手。ダイナミックなストロークと絶妙なタッチでカトヴィチェを優勝して、173位から113位にアップしました。しかしプロとは言え、とても自立して生活できる状態ではなく、母親と同居中。

Schuurs-WTA

Shuurs-won-doubles-2015

写真:男子の格子のショーツを履いたシュールズ

2010年のコスタリカ大会でサーヴをするシュールズ

セクシャリティについて話す場合、よくLBGTという言葉が使われます。L(レスビアン)B(バイセクシャル)G(ゲイ)T(トランスジェンダー)という意味ですが、ストレートでない人たちを総括したもので、最近はレスビアン(女性)やホモセクシャル(男性)の言葉は使わず、彼らを称してゲイと呼ばれることが多くなりました。

欧米では一昔前まではゲイであることはタブーでした。特にキリスト教国では「ゲイ行為は罪悪行為」となり、法律でも禁止されていましたので、犯罪行為とみなされ、ゲイであることを必死で隠さなければなりませんでした。

ビリージーン・キング(アメリカ人71歳)

ゲイの代表的なテニス選手として知られるのがビリージーン・キングです。しかし彼女自身ゲイだということに気がつかず、22歳で大学の同級生と結婚。13歳までにゲイであることを自覚するのが5割、大人になってからゲイであることを自覚するのが残りの5割だそうで、キング自身は残りの5割に属し、ゲイであることを初めて知ったのは、結婚した3年後、秘書のマリリン・バーネットとの関係をもった25歳の時でした。

キングは結婚生活を続けながら、バーネットとの極秘の恋愛関係が13年間続きました。しかし1981年に破綻をきたし、バーネットが慰謝料請求の訴訟を起こしたことによって、キングがゲイであることが発覚。当時私はすでにニューヨークで暮らしていましたので、この事件はよく覚えていますが、結婚しながら不謹慎な関係をもったキングの評判は一夜にして凋落してしまいました。

キングはニュースが流れた24時間後には、スポンサーすべてがおりてしまい、当時の額で2百万ドル(約2億円)の損失をこうむってしまいました。ゴシップと非難の渦の中で、テニスを辞めてしまいたかったとキングは語っていましたが、弁護士の費用や慰謝料を払わなくてはならず、選手生活を続けなければなりませんでした。しかしこのような試練が彼女を強くし、偉大な選手に育ちあげたことは言うまでもありません。

King-Navratilova

写真:キング(左)とナヴァロティロヴァ(右)

ゲイであることを隠さず、堂々と自分に忠実に生きる素晴らしい元選手たち・・・マルティナ・ナヴァロティロヴァ、アメリー・モレスモ、レネ・スタッブなど、まだいろいろ選手がおりますので、明日更新したいと思います。

いよいよナダルとフェデラーがモンテカルロでプレーをしますね。プレーを観ながら更新します。

3 Comments

  1. いや、僕も偏見はありません。

    ただ単にナンカ汚いような気もします、男同士の場合。

    しょっちゅう、大腸カメラ前の洗浄が必要な気がしますが、そこまではしてないでしょうしね・・。

  2. comoestamiyasitaさん

    私が大学を出て最初の仕事がオランダの特派員のアシスタントでした。30歳台のモデルのようなイケメン記者で、彼のまわりにはいつも美しい男性たちがむらがっていました。40年以上も前の話ですが、私はゲイの男性たちに囲まれていましたので、ゲイへのこだわりや偏見はありません。

    そういえば、私の最初のゲイの友達は小学2年の同級生の千秋君でした。しぐさも話題も全く女の子と変わらず、そのために男の子たちからいじめにあっていましたので、私が彼のボディガードのような存在でした。

    千秋君は今ごろどうしているでしょうね・・・愛する人に出会い幸せでありますように。

  3. あるテニス青年との会話です。

    >>>>

    途中からテニスの話になりました。

    彼は中学生の頃から、僕が球出しなんかをして、一緒にテニスの練習をしてたんですね。

    「高校生の時、県内でシングルスベスト4の成績で、N大とJ大学テニス部から勧誘があって、僕はあまり深く考えずにN大学を選びました。」

    「君は大学は地元のK大学じゃなかったっけ?」

    「そうなったのには、ちょっと、事情があってですね。」

    彼は嫌な思い出を語るように、ちょっと顔をしかめました。

    「N大は高校3年生の3学期の授業が終わったら、直ぐに、インタ-ン生として入寮して、部活を始めるんです。でも、僕は暫くいて、こんなところにはおれないと思い、逃げ帰ってきたんです。」

    体育会独特のいじめがあったんだな、と僕は思いました。

    「先輩から苛められたんだね、入寮した途端に。」僕は言いました.

    「いや、そっちはそうでもなかったんですが、あっちが心配になったんです。」

    「あっち?」

    「ある日、色んな部活を見学しようとウロウロしてたんですが、間違ってレスリング部の部室に紛れ込んだんですね。そしたら、恐ろしい光景を見てしまったんです。」

    「レスリング部で恐ろしい光景?」

    「そうなんですよ、今、思い出しても鳥肌が立ちます。」彼は、顔をしかめながら言いました。

    「ムキムキのまっちょな無精ひげの男二人が、更衣室で抱き合ってキスしてたんです。ああ、気持ち悪い!!!」

    「寮は外からの電話が新入生の部屋の階にあって、新入生は毎晩、部屋を変わって一晩中電話番をしなきゃいけないんですね。ところが、僕が電話番をしてたら、外からの電話があって、言ってる事が変なんですよ。で、そんな変な電話が毎晩、毎晩かかってくるんです。」

    「変?」

    「男の声で、今、寮の外に来てる、とか、誰それに待ち合わせ場所に来てると伝えて、とか、もう気持ちの悪い女言葉だったりするんです。」

    「ゲイの連中か?」

    「そうなんですよ。事情が分かってきて、これは大変なところにきたな、と思ってたら、テニス部の先輩に決定的なことを聞いたんです。それで、N大は止めようと決意したんです。おじさんは、GSって知ってます?」

    「俺は県GS応援団団長だぜ。」彼は2月ごろから配信を読み出したので、僕のGSの配信を読んでないんですね。

    「GSに次ぐ選手として期待されてたある選手はN大に入ったんですよ。ところがですね、N大でゲイの味を覚えて、大学卒業後はテニスを止めて、新宿2丁目のゲイバ-に勤め出したんです。」

    「ナヌ!GSの二番手がゲイバ-勤め??」

    「そうなんですよ、その先輩もGSみたいなイケメンだったらしいんです。それを聞いたら、綺麗な身体でN大テニス部を卒業できない、と思って、逃げ出しました。」

    「そうだったんだ。それは正解だったね。」

    「で、慌てて先生に頼み込んで急遽、K大学のAO入試を受けさせてもらったんです。」

    「ふうむ、N大も運動バカばかりと思ってたら、ゲイもいるんだね!」

Comments are closed.